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大阪地方裁判所 昭和32年(行)54号 判決

原告 岩田伊賀

被告 大阪府知事

主文

一、無効確認を求める訴につき、その請求を棄却する。

二、取消を求める訴を却下する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「別紙物件目録記載の土地につき、被告が昭和三二年三月一九日付大阪府指令三二農農地第二九一六号をもつてした、譲渡人中井幸太郎、譲受人宇和商事株式会社間の農地の転用のための所有権移転に関する農地法第五条による許可処分が、無効であることを確認する。無効でないとすれば、右許可処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

別紙物件目録記載の土地につき、沢田正次、中井幸太郎の両名は譲渡人として、宇和商事株式会社(以下単に宇和商事という)は譲受人として、昭和三二年二月一七日箕面市箕面地区農業委員会を経由して被告に対し、農地法第五条による農地の転用のための所有権移転の許可申請をなしたところ、被告は右申請を容れ、同年三月一九日付大阪府指令三二農農地第二九一六号をもつてこれを許可した。そこで、本件土地の所有者である右中井幸太郎は同月二八日これを宇和商事に売り渡し、大阪法務局池田出張所同日受付第一二七一号をもつて、同会社のため所有権移転登記を経た。

しかし、右許可処分には次のような違法があり、当然無効である。

(一)  原告は、昭和二七年二月一一日中井幸太郎から、本件土地をそれが非農地に転用される時に所有権を移転させるという条件で買い受け、すでにその代金の支払も完了していたところ、中井幸太郎がこれを更に他に売却するらしいとの風評があつたので、原告は同人に対し、本件土地につき所有権譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分を禁止する旨の仮処分決定(大阪池田簡易裁判所昭和三二年(ト)第一号事件)を得、大阪法務局池田出張所同年三月一二日受付第一〇三三号をもつて、右仮処分の登記を経た。

ところで、農業委員会は、農地の転用のための所有権移転の許可申請書を受理した場合、当該農地の事実上、法律上の現状を調査し(農業調査規則第一条第一号ないし第一二号)、これを知事に進達すべきものであるが、箕面市箕面区農業委員会は本件許可申請を被告に進達するにあたり、右のように、本件土地が仮処分中であること、中井幸太郎と原告との間に条件付売買契約の存すること、を熟知しながら、ことさらこれらの事実をかくして進達した。従つて、右進達は違法であり、右違法な進達に基き、このような重要な事実を看過してなした被告の本件許可処分は違法である。

(二)  原告は、本件土地につき前記の処分禁止仮処分決定を得、本件許可処分前にその登記を経ていたのであるから、これをもつて被告に対抗できるものである。ところが、被告が右仮処分を無現し、本件許可処分をしたのは、裁判所の決定を行政庁の自由裁量によつてくつがえすもので、行政権の不当行使であり、該許可処分は違法である。

(三)  被告が本件許可処分をするには、あらかじめ大阪府農業会議の意見を聞かなければならないところ、大阪府農業会議は、会議を開かず、いわゆる持ち廻り決議の方法によつて会議を開いたことにした違法がある。

(四)  本件土地は、中井幸太郎が昭和二五年九月一八日自作農創設特別措置法第一六条により国から売渡を受けたものであるが、その際地区農地委員会は、中井幸太郎が老令者であり事実上耕作しえない状態にあつたゝめ、もし後日同人が本件土地を売却する場合には、箕面市半町に居住する者に対して売却しうる、という条件をつけて同人に売渡をしたのである。

従つて、箕面市半町に住所を有しない宇和商事に対する本件土地の所有権移転を許可したのは、右条件を無視した違法がある。

このように本件許可処分は違法であり、無効であるが、かりに無効でないとしても取り消さるべきものであるから、まず、右無効確認を無効でないとすればその取消を求める。」と述べ

被告の訴願前置の抗弁に対し、

「原告は、本件許可処分に対し、訴願法第八条第一項に定める期間内に訴願を提起しなかつたのであるが、それは次のような事情に基く。すなわち、原告は、宇和商事が本件土地に家屋建築のため整地工事を始めたので、昭和三二年四月八日同会社を相手方として、大阪地方裁判所に対し、建築禁止の仮処分を申請した(同裁判所同年(ヨ)第七九八号事件)ところ、同事件の担当裁判官は、現地に臨んで実情を調査の上、宇和商事に対し工事進行を一応中止するよう要望し、当事者双方及び中井幸太郎を加えて、数回にわたつて示談解決方を勧告されたので、原告は、示談解決できるものと確信していたのであるが、丁度担当裁判官の転任や、後任裁判官の出張不在などのため事件の審理が停滞しているうち、本件土地上に建築完成し、宇和商事はその従来の態度を変え、示談に応じなくなり、遂に原告は訴願期間を徒過してしまつた。

このような事情は、訴願法第八条第三項にいう「宥恕すべき事由」に該るものと認められるから、原告は、昭和三二年七月二四日農林大臣に対し訴願した。しかし、これに対し今日まで裁決はされていない。」と述べた。

被告は、無効確認を求める訴につき主文第一、三項と同旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張の事実中、原告主張のように被告が本件許可処分をしたこと、中井幸太郎から宇和商事に対し所有権移転登記を了したこと、原告が処分禁止の仮処分決定を得、その登記を経たこと、箕面地区農業委員会が本件許可申請書を被告に進達したことはいずれも認めるが、そのほかの事実はすべて争う。農地法第五条が農地の転用のための所有権の移転につき許可を要するものとし、かつ許可を受けないでした行為はその効力を生じないものと定めているのは、農地所有権を物権的に制限し、農地のほしいまゝな潰廃を防止し、農地法の立法目的を果させようとしているからにほかならない。ところで、同条による許可を行うに際し、如何なる場合にこれを許可し、また許可してはならないかは、同法上一般的に規定したものなく、許可制度の立法目的からみて、許可処分庁における裁量に委ねられているものと解される。従つて、許可に際し、知事は、もつぱら同法の趣旨に副う農業政策上の見地からみて、申請当事者間において転用の目的で所有権を移転することが妥当であるかどうかを判断して、当該農地の取引行為に効力を付与すべきかどうかを決定すべきものである。

従つて、農地の譲渡人が、申請人たる譲受人以外の第三者にも農地所有権の譲渡契約をしているという、いわゆる二重譲渡のような事情は、農業政策上顧慮すべき特段の事情ではなく、かゝる法律関係は一般私法の原則に委ね解決すれば足る。けだし、農地法は、農業政策上の見地から、農地所有権及びその取引関係に統制を加えているにすぎず、私法上の法律関係に干渉する目的をもたないからである。原告の主張するような、中井幸太郎と原告との間に停止条件付売買契約が存在するとしても、右契約の条件に副うような転用については許可申請すらされておらず、また、原告は本件土地の耕作上の権利者ではなく、かつ、原告主張の仮処分をもつて、許可申請の当事者たる宇和商事に対抗できるかどうかは、本件許可処分とは別途に私法に従つて解決すべきことがらに属し、被告の許可の適否を判断するに際し、その判断の基礎に加えらるべき事柄ではない。従つて、かりに、被告が本件許可処分に際し、原告主張の右事実を考慮しなかつたとしても、違法でないことはもちろんである。また、本件許可処分には原告主張のような手続上の瑕疵はない。」と述べ、

取消を求める訴につき、その本案前の申立として主文第二、三項と同旨の判決を求め、その理由として、

「本件許可処分は、被告が農地法第五条第一項に基いてなしたものであるから、該処分に不服のある者は、同法第八五条第一項第一号により農林大臣に訴願することができる。しかるに、原告は宥恕すべき事由がないのに訴願期間を徒過し、昭和三二年七月二四日に至つて訴願し、また裁決はされていないが、右訴願は不適法であるから、本訴は、行政事件訴訟特例法(以下単に特例法という。)第二条に違反する不適法な訴として却下さるべきである」と述べ、本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、無効確認の訴に対する答弁と同趣旨の陳述をした。

(立証省略)

理由

(第一)本件許可処分の無効確認を求める請求についての判断

別紙目録記載の土地につき、中井幸太郎が譲渡人として、宇和商事が譲受人として、昭和三二年二月一七日箕面地区農業委員会を経由して被告に対し、農地法第五条による許可を申請し、被告が右委員会の進達により同年三月一九日これを許可したこと、次いで中井幸太郎が同月二八日本件土地を宇和商事に譲渡し、同日その旨の所有権移転登記を経たこと、はいずれも当事者間に争いがない。

(一)  原告は、被告の本件許可処分には、原告が、すでに以前に中井幸太郎から本件土地を条件付で買い受けていたことや、同人に対しいわゆる処分禁止の仮処分決定を得てその登記を了していたことを看過した違法があると主張する。そこで、これらの事実が、農地法第五条による許可に際し、その判断の基礎に加えられるべき事項に属するかどうかについて考えてみる。

農地法第五条が農地の転用のための所有権の移転に知事の許可を要するものとし、許可を得ないでした行為を無効と定めるのは、農地のほしいまゝな潰廃による農地の減少を抑えるため、それを目的とする所有権の移転を統制し、かつ、知事の許可をもつて、その私法上の有効要件とすることにより、右統制を強力なものたらしめようとする農業政策上の考慮に出たものにほかならないのであるが、これが許可申請に対し、いかなる場合にこれを許可し、また許可すべきでないか、につき同法上その定めはないから、結局、農地法全体の立法目的に照らし、当該申請者間において、農地の潰廃を目的として所有権を移転させることが、国民経済上適当であるかどうか、その他一般の公共の利益に合するかどうか、の観点からその許否を決すべきものである。申請人たる農地譲渡人が申請人たる農地譲受人以外の第三者に当該農地をいわゆる二重譲渡しているかどうか、その場合の法律関係がどうなるか、というような事項は、もつぱら一般私法による解決に委ねられた事柄であつて、農業政策上考慮さるべき事項ではないから、農地法第五条の許可に際し、知事はかゝる法律関係に立ち入つて判断すべきものではない。そうすると、原告主張のような事実があつても、これらはいずれも農地法第五条の許可にあたり、その判断の基礎に加えられるべき事項ではないのであるから、箕面地区農業委員会がこれらの事項を秘して被告に進達し、従つて、被告がこれを看過して本件許可処分をしたとしても、そこに違法の問題が生ずる余地はなく、これを違法とする原告の主張は失当である(なお農地法施行規則第六条第二項、第二条第三項によれば、許可申請書を受理した農業委員会は、これに意見書を付して知事に進達すべきことゝされているから、農業委員会は当該許否の意見を付する必要上、その前提として当該農地の現状等の調査をすべきものと解されるが、右調査は、原告主張のような事項を含まないことは前述のとおりであるし、また、それは、原告の主張する農地調査規則(原告は農業調査規則という誤記と認める)に基く調査ではない。同規則は昭和二七年一〇月二一日廃止されている)。

(二)  原告は、本件許可処分が処分禁止の仮処分決定の登記後になされたことをもつて、裁判所の決定を行政庁がくつがえした違法がある旨の主張をする。しかし、およそ処分禁止の仮処分が登記されても、仮処分債務者は有効にその所有権を他に移転することができるのであり、たゞその移転をもつて仮処分債権者に対抗しえないのにすぎない。このことは、所有権移転につき知事の許可がその有効要件とされている場合にも異なるところはない。従つて、本件許可処分を得て本件土地の所有権を有効に取得した宇和商事に対し、原告がその主張の処分禁止の仮処分をもつて対抗しうるかどうかは、一に右法理によつて決せらるべきであり、原告の処分禁止の仮処分が私法上正当なものであれば、これをもつて宇和商事に対抗できることは当然である。原告はこの法理を誤解し本件許可処分によつて原告の仮処分が無効に帰したことを前提とするようであるが、その前提においてすでに失当で、そこになんら違法の問題を生ずる余地はない。

(三)  次に原告は、大阪府農業会議がいわゆる持ち廻り決議によつた違法を主張する。農地法第五条第二項、第四条第二項は、知事が同法第五条による許可をするにはあらかじめ都道府県農業会議の意見を聞かなければならないものと定め、農地の転用を必要最少限にとゞめるため、その手続を慎重ならしめようとするのであるが、右の趣旨は知事の許可権限を制限するものではない。この場合の農業会議の役割は知事の諮問機関にすぎないのであつて、必ずしも知事は法律上その意見に従わなければならないものではないのであるから、かりに、原告主張のような事実があつても、それは被告の本件許可処分を当然無効ならしめるほどのかしとは到底考えられない。従つて、この点に関する原告の主張は失当である。

(四)  さらに原告は、本件土地はもと自作農創設特別措置法第一六条により中井幸太郎が売渡を受けたもので、その際、将来同人がこれを他に売却する場合の相手方につき、条件が定められていた旨主張するが、同法の立法目的から考えてかかる条件を付することは到底許さるべきものではなく、かかる条件はそれ自体無効であると解さざるを得ない。

従つて、かかる条件違反を前提とする原告の主張は失当である。

以上のように、本件許可処分には、これを無効とする程の違法はないから、その無効確認を求める請求は理由のないものとして棄却すべきものである。

(第二)本件許可処分の取消を求める訴の適否についての判断

本件許可処分に対しては、農地法第八五条第一項第一号により農林大臣に訴願することが認められているのであるから、これに対しいわゆる抗告訴訟を提起するには、特例法第二条により、まず訴願の裁決を経なければならない。訴願期間については訴願法第八条第一項がこれを定めるのであるが、原告は本件許可処分の相手方ではないから、その訴願期間は、原告がその処分を知つた日から六〇日間と解すべきところ、原告がいつこれを知つたのか必ずしも明確ではないけれども、原告の主張全体に徴すれば、おそくとも、宇和商事が本件土地上に建築を開始し、原告がこれに対し建築禁止の仮処分を申請したという昭和三二年四月八日までに、これを知つたものと認めるのが相当であり、これに対する訴願は、おそくとも同日から六〇日以内に提起しなければならないものである。ところが、原告が右訴願期間経過後の同年七月二四日に至つて訴願したが、そのときからすでに三ケ月を経過しているのにまだこれに対する裁決がされていないことは当事者間に争いがない。

ところで被告は、原告の右訴願は不適法であり、従つて本訴は特例法第二条に違反し不適法であると主張するに対し、原告は訴願期間を経過したのには宥恕すべき事由があるから、本訴は適法であると主張する。問題は訴願法第八条第三項は行政庁において宥恕すべき事由があると認めるときは訴願期間経過後においてもなお訴願を受理することができると定めているが「宥恕すべき事由」があるときは、特例法第二条の関係においては期間経過後の訴願であつても、訴願前置の要件を充たしたことになるかどうかである。

思うに、特例法第二条本文が、抗告訴訟は、まずその処分に対し訴願をし、その裁決を経た後でなければ提起することができないといういわゆる訴願前置主義を定めたのは、主として出訴前一応行政権に反省の機会を与え、なるべくはその自主的な処理に期待する趣旨であり、このことと同条但書が、訴願提起のときから三ケ月の経過をもつて訴願前置主義の例外として取り扱つていることにかんがみれば、その訴願は、本案につき実体的な裁決をうけうべき適法なものであることを要すると解するのが相当である。訴願が不適法である以上、訴願庁はその本案につき裁決をすることができないから、かような訴願は、訴願前置の要件を充たしたものということはできない(もつとも訴願庁が不適法としてこれを却下することなく、誤つて本案について裁決をした以上は、なお訴願前置制度の目的は達せられたことになるから、その限りにおいて特例法第二条の要件だけは充たされたものと解することができるのであろう)。それでは訴願期間を経過したことについて宥恕すべき事由がある場合における訴願は実体的な裁決をうけうべき適法なものということができるか。

まず(イ)宥恕すべき事由が存在するかどうか及び訴願を受理するかどうかの判断はすべて訴願庁の自由裁量に属するとの考え方があるが、この考え方に立てば、訴願庁におけるこれらの判断は、それが自由裁量権の濫用と認められる特別の場合を除き、司法審査の対象となりえないことになるから、宥恕すべき事由が客観的に存在するかどうかにかかわらず、訴願期間経過後の訴願は、当然には本案についての裁決をうけうべき訴願に当らないことになり、また、(ロ)、宥恕すべき事由の存否の判断は法規裁量に属するが、その事由が存在しても訴願を受理するかどうかは自由裁量に属するとの考え方によれば、かりに、宥恕すべき事由が存在しても、かような訴願は、前同様、当然にはその本案についての裁決をうけうべき訴願には該らないし、かりに、宥恕すべき事由が存在しなければ、かかる訴願は常に不適法として却下さるべきものとなる。右の(イ)(ロ)いずれの考え方をとつても、訴願期間経過後の訴願は、宥恕すべき事由の有無にかかわらず、当然にはその本案につき裁決をうけうべき訴願に該らないから、たとえ、その提起後三ケ月を経過したとしても、この場合に特例法第二条但書の適用を受くべき限りにあらず、常に訴は不適法とならざるをえないこととなる。元来、訴願制度は、行政の適法性、合目的性を確保するための、行政権自らの自己統制、自己反省ないし行政監督の一面を有するのであるから、行政目的に適合する限りにおいて手続上の厳格を必ずしも要求せず、できるだけ行政庁の自由裁量を認めようとすることも、それ自体相当に理由のあることではある。しかし、訴願は、出訴前の訴願前置の要件としてのみならず出訴期間の起算点との関係で(特例法第五条第四項)、国民の利益に重大な影響を及ぼす。訴願期間経過後の訴願の受理が、訴願庁の自由裁量に属するとすれば、訴願庁がその裁量によつて受理するかどうかが、訴願前置との関係で訴の適否を決することとなるのはもとより、他面において、訴願期間経過により、本来形式的に確定した行政処分も、その後提起された訴願が自由裁量により受理されれば、その裁決を基準として出訴期間が進行することのため、再びこれに対する出訴の機会を与えられるのに、もし受理されなければ、すでに出訴期間徒過の故に出訴は許されない。というような不合理、不公平が生ずる結果となる(この場合、自由裁量権濫用の法理で救済しうる場合は極めて限られた範囲にすぎない)。要するに、これらの考え方をとれば、出訴期間経過後の出訴を許さないとする行政訴訟上の原則が、行政庁の自由裁量によつて、たやすく左右されうることを是認しなければならなくなるのであるから、これらの考え方を前提として論を進めるわけにはいかない。

そうだとすれば宥恕すべき事由があるにかかわらず訴願期間を経過したというだけで訴願は不適法となり、結果的にはかような事由のない怠慢による期間徒過の場合におけると同じく訴願庁の恩恵的措置を期待するほかはないとすれば、その者は不当に不利益な地位におかれるものといわざるをえないし、「宥恕すべき事由」があるかどうかは、客観的な経験則によつて判断されうべき事柄に属するものというべきであるから宥恕すべき事由の有無を認定し訴願を受理するかどうかの判断は、訴願庁の自由裁量に属するのではなく、法規裁量行為であると考えなければならない。

そうすれば、宥恕すべき事由が存在する以上、訴願は受理さるべく、訴願庁は必ずこれにつきその本案に関する裁決をしなければならないのであるから、かかる訴願は、まさに訴願前置の要件としての訴願に該り、これに対し三ケ月を経過してなお裁決がない以上、特例法第二条但書により、訴願前置の例外として、訴は適法であると解すべきものである。

そこで、原告に宥恕すべき事由があるかどうかを考えてみる。原告が宥恕すべき事由に該るとして主張するところは、要するに宇和商事が本件許可処分を得て建築に着工したので、原告がこれに対し建築禁止の仮処分を申請したところ、担当裁判官の勧めもあり、原告は関係当事者間で示談解決を期待していたが、そのうちに工事も完成し、示談が不調に終り、その間訴願期間を徒過したというのであるが、このような事情があつても、それは、当初の原告の期待が外れたというまでのことであつて、そのような期待を持つことが相当であり、期待した以上訴願を手控えるのが当然であるということはできず、もとより原告自らの責に帰すべき事由による徒過にすぎないから、これをもつて宥恕すべき事由に該るということができない。

そうすると、原告の提起した訴願は、不適法な訴願として、訴願庁において却下さるべきものであるから、これに対し、その本案についての裁決を求めうべきものではない。従つて、たとえ、すでに三ケ月以上を経過していても、もとより、これに関する特例法第二条但書の適用さるべき限りではないのみならず、ほかに同条但書に定める他の例外事由の存することの認められない本件においては、本訴は、訴願前置の要件を充たさない不適法な訴として、これを却下しなければならない。

(第三)結論

以上の理由により、本訴のうち、無効確認を求める部分につきその請求を棄却し、取消を求める部分につき、不適法としてその訴を却下すべく、民事訴訟法第八九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 松田延雄 山田二郎)

(別紙省略)

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